あれから3年・・・
2014年03月12日 (水) | 編集 |
ここ2日間、なんか心がざわついて
仕方ありませんでした

テレビでは、「あれから3年」と
大震災特集をたくさん放送していて

被災者の方もたくさん出演していて

一人一人の思いを聞いていると
胸がいっぱいになって…

いつも行っている双葉町、浪江町
富岡町…

私が行った時にはもう住民はいませんでした
からっぽの家にどんな人が住んでいた
のかも知らず、通い続けています

その家に住んでいたかもしれない
人たちの言葉を聞き
不思議な気持ちでした

「この人はあの町のあのあたり
もしかしたら、あの家に住んでいたのかな…」とか


「帰りたいのに、帰れない」

行く度に、原発事故前は本当にいい所
だったんだろうなと感じているだけに
その苦渋の選択をしなければならない
気持ちが少しだけわかるような気がしました



私も自然と、この3年間を思い返していました


震災後、現地の映像を見るにつけ
自分に何かできないか考えていて

特に、原発事故の後、人がいなくなった
町や村に残された動物が気になって

余震がおさまってきた5月初めに
初めて福島県の被災地に行きました

どこに行っていいかもわからず
フードをいっぱい積んで
とにかくできるだけ原発近くまで
バリケードで入れない所まで
行ってみようと思いました

にゃんだーのシェルターがあった大越から
とにかく288号を走って行き
初めて人がいなくなった、時計が止まった
ままの村にたどり着きました

それが葛尾村でした
その時はなんて読むのかわからなかったけど

さらに進んで、今は帰還困難区域で
入れなくなった浪江町赤宇木地区に着きました

猫も犬もたくさん残され
飢えていました


313猫


313犬2


313犬1


無我夢中でフードや水をあげました

そこで、今まで聞いたことないような
鳴き声を聞きました

地の底から響くような
「ウォー、ウォー」という声の方へ行くと
牛舎につながれたままの牛、牛、牛…

何をあげていいのかさえわからなかった
けど、とにかく水と近くに積んであった
わらを必死であげました


313牛



当時はまだあちこちに牛がいました

今は牧場には牛も馬も一匹もいません


庭につながれたまま息絶えていた犬も


地震と津波は天災です
人間の力ではどうしようもできません

でも、原発事故は人災です

その結果、大勢の人々の生活が奪われ
声なき多くの動物が命を落とし…


原発事故は本当に罪深いと思います


原発再稼働が論議されるたびに
自分の無力さ、諦め、絶望感を感じますが

これからも自分にできる事を
続けるしかできません

仕事も大事、うちの猫たちも大事

その上で、自分にできる事を。


そんな事を考えていました


今週末には、また仲間と葛尾村に
給餌に行きます!

その次の週末は浪江町。


私にできるのはそんな事です。

終わりが見えません。

避難生活を続ける住民にとっては
もっともっとだと思います。

せめて、私たちが訪れることで
「自分たちは忘れられていない」と
思っていただければ…



「今日の保護猫」

今は町のほとんどが帰還困難区域と
なった双葉町で保護したジンジャー


312ジンジャーケージ


人なれ修行の最終段階に入りました!


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